2007年07月

急な異動命令! そのとき……


ITエンジニアは、どのような理由で転職を考えるのか。いくつかの事例から、転職者それぞれの課題と解決のプロセスを紹介する。似たような状況に陥ったときの参考になるだろう。

 会社という組織に属していると、「異動」や「転籍」という転機を経験することもあると思います。

 その異動が自分自身のキャリアビジョンに沿うものならば、大きなチャンスになるでしょう。しかしなかなか希望どおりにはいかないもので、このことが原因で転職を考える人も多いですね。

 今回は、急な異動命令を出されたために転職を考えたあるITエンジニアのケースを紹介します。
■オープン系のシステムにかかわりたい

 木戸さん(仮名)は33歳のITエンジニアです。新卒で金融系に強みがある中堅システムインテグレータ(SIer)に入社しました。

 研修後はA証券会社の基幹系システム(メインフレーム)の運用・保守プロジェクトに配属されました。持ち前の向上心を発揮し自己啓発を絶やさず、順調に開発・設計の経験を積み、一部基本設計にもかかわりました。

 5年目には10~15人月程度のプロジェクトのリーダーとして、工程・品質・ベンダ管理を任されるまでになりました。

 順調にキャリアを積み上げているように見える木戸さんですが、実は本人はこのころから、1つの大きな不安を抱えるようになっていました。それは「オープン系システムに関するプロジェクトの経験をしていない」ということです。「このままでは将来、ITエンジニアとして行き詰まるのでは?」。木戸さんはそう考えるようになっていました。

 そこで木戸さんは上司に対し、「オープン系システムにかかわりたい!」と明確にアピールし始めました。定期的に異動願いも出していたとのことです。

 ただ会社の立場としては、顧客の評判がいい木戸さんを別プロジェクトへ簡単に異動させることは難しく、時間が過ぎていきました。しかし木戸さんの熱い思いがやっと実を結び、クレジットカード会社の顧客情報システムをUNIX環境で開発するプロジェクトに配属されました。
■急な異動命令にびっくりして

 それから半年が過ぎたころ、会社から急な異動命令が木戸さんにいい渡されました。

 きっかけは、B証券会社の大型プロジェクト(受注時はメインフレーム環境)を受注したことでした。会社には、何とかそのプロジェクトを成功に結び付けたいとの思いがあり、実績と顧客の評判、社内の各プロジェクトの状況も考え合わせ、メインフレーム環境の開発経験が長い木戸さんに白羽の矢が立ったのです。

 木戸さんは急な命令に仰天しました。「やっとの思いでつかんだチャンスなのに、また以前の環境に戻されるのか……」。そして落胆すると同時に少々感情的になり、「この会社にいては自分のしたいことができない」との思いが強くなったのです。

 その後間もなく、木戸さんは上司の引き留めにもかかわらず退職しました。そして転職活動をしていましたが、なかなかいい結果に結び付かず、あるとき私が話を聞くことになりました。
■「メインフレーム環境はNG」

 ここまでの木戸さんの各局面での判断と行動について、ポイントを確認してみましょう。

・定期的な異動願い

 会社は組織ですので、個人の判断だけで異動できるわけではありません。今回の木戸さんのケースでは、定期的にタイミングを見て上司に相談をしています。また明確に自分の考えをアピールし、熱心さを伝えたこともいい結果につながったのではないでしょうか。あとは会社のそのときそのときの状況から判断がされることになりますので、あせらずに行ったこともよかったのではと思います。

・急な異動命令が出たときの判断

 異動命令の内容を聞いて、木戸さんが冷静さを失ってしまったことは残念ですね。

 会社側の対応にも問題はあると思います。重要なプロジェクトを成功に導くため、適切な人材配置を考えて木戸さんに異動命令を出しましたが、木戸さんは明らかにモチベーションをダウンさせています。このことへのフォローが足りていないように見えます。

 しかし、木戸さんも会社側としっかりした対話をする前に、この会社では自己実現ができないという「あきらめ」のために退職の決断をしてしまいました。

 後日、木戸さんが元同僚から聞いた話によると、このプロジェクトはゆくゆくはオープン系にリプレースする予定であったそうです。会社ときちんと話し合いをしていれば、すぐに退職することにはならなかったのではないでしょうか。

・転職活動での情報把握

 転職活動におけるポイントの1つに、「自分のキャリアと希望が現在の転職市場にマッチしているかの情報把握」があります。

 木戸さんの場合は、キャリア(メインフレームを経験)と転職市場(オープン系が主流)との乖離(かいり)があること、比較的高い年齢と希望給与額(前職以上を必須としていた)から転職活動が難航していたようです。しかし現在のITエンジニアの転職状況は、全般的に「売り手」市場です。本来なら木戸さんのキャリアで難航することはないと思います。

 ではなぜ、木戸さんの転職活動はうまくいっていなかったのでしょうか。

 私が木戸さんと話をしていて気になったのは、「メインフレーム環境はNG」ということに固執しすぎている点でした。木戸さんはそれまでずっと、「メインフレーム」というキーワードがあるだけで「この求人は、自分の希望するものではない」と判断していました。しかし、例えばオープン系と混在している環境も多いものです。求人情報だけでは見えづらい、今後のプロジェクト展開や会社の方向性についてヒアリングをしたうえで判断するのがベターと思います。現に木戸さんの退職のきっかけになったプロジェクトは、オープン系に移行していますね。

■強みと課題は何ですか?

 転職活動をサポートするに当たって、まず私はこれらのポイントを木戸さんとともに洗い出しました。次に木戸さんの強み・現在の課題を確認しました。

1.木戸さんの強みを確認

 木戸さんと話し合ったところ、次のようなことを強みとして挙げられました。

* 金融(特に証券系)業界の業務知識
* 上流工程から運用までの経験
* マネジメント経験
* ユーザーに受け入れられやすい人柄

 採用者側は木戸さんの年齢から、プロジェクトを回す力(マネジメント経験・業務知識)を最も重要視すると予想されます。企業が期待するポイントを、木戸さん自身がアピールポイントとして把握することは大事ですね。

2.木戸さんの課題を確認

 「木戸さん、ご自身の課題は何だとお考えですか?」。このように聞いたところ、木戸さんは「やはり、オープン系の経験が少ないことですかね……」といいました。しかし私は「そのことは、ある意味小さいと思いますよ。一番の課題は、柔軟性が足りなかったことではないですか」と答えました。

 確かに現在、業界ではオープン系が主流ではあります。しかし採用者側は、ただ単に経験してきた環境だけで判断をするわけではありません。先ほども述べたとおり、木戸さんの強みである業務・業界知識、マネジメントスキルも重視する傾向にあります。

 木戸さんはこの点、考え方に柔軟性が足りなかったということになると思います。

 私は木戸さんに、わずかな情報だけで「ここではできない」「あきらめる」「これではない」と判断するのではなく、視野を広く持って情報把握と検証をすること、現に多数のメインフレーム経験者の転職成功事例があることを話しました。

 木戸さん自身、少々固執しすぎて視野が狭くなる傾向にある性格を振り返り、このことを課題としてきちんと認識してくれました。
■そして転職に成功

 もう1つ考えなければならないことに、待遇面の希望がありました。前職では経験が12年目になっていた木戸さんは、業界水準より多い収入を得ていました。

 話し合いをしたところ、木戸さんの転職活動における優先ポイントは「仕事内容」なので、「大幅な減額でなければOKです。この点も柔軟に考えます」とのことでした。

 ちなみに年収提示については、例えば求人票に上限金額があっても、優秀な人材ならば企業もあらためて年収を検討する時代です(もちろん法外な要求ではなく、増額の根拠が明確なことが前提となりますが)。

 以上のことから、私は木戸さんの強みを念頭に、SIerを中心とした複数の企業を紹介しました。木戸さんの活動は今度は順調に進み、金融業界・上流工程に強みを持っている準大手SIerから内定を得ることができました。年収面についても、的確なアピールと人柄で前職を多少上回る提示を受けました。

 この木戸さんのケースからも分かるように、急な異動命令を受けた場合も、転職活動においても、あわてたり思い込みで行動したりではなく、適切な判断・対応をすることが大事だと思います。特に異動は、最初は「嫌だな」と思うようなことが、場合によっては大きなチャンスになることもあるのです。

100%の満足を与える会社はない



人生の重大な転機の1つ「転職」。
人材紹介会社でエンジニアの「転職」と向き合っている
キャリアコンサルタントの“つぶやき”を紹介していきます。

バブル崩壊後、多くの日本企業では、終身雇用制や年功序列賃金の
崩壊などにより、雇用環境が激変しました。その影響で、職に対する
意識も大きく変化しているといわれています。
政府が発表したデータによると、近年の大卒者の3年以内の離職率は、
3割を超えており、そうした点からも転職は身近なものになっています。
最近は、バブル期以来の売り手市場といわれており、転職者にとって
有利な状況になっていると思います。

しかし、いくら転職が全体では売り手市場になったといわれていても、
内定獲得に難航する場合もあります。

39歳の山下さん(仮名)に初めてお目にかかったのは1年前。
相談内容は「一生勤められる会社を紹介してほしい」というものでした。
転職を繰り返してきた彼は今回を最後の転職にしたいというのです。
いろいろと要望を語ってくれたのですが、彼の希望を満たす会社は
残念ながら見つからず、ご紹介に至りませんでした。

それから1年ほど経ったある日、彼から連絡がありました。
弊社のWebサイトに公開している企業に応募したいというのです。
さっそく、企業に連絡を取り応募推薦をしました。

しかし書類選考の段階でNGに。
理由は「退職してから約1年のブランクは長すぎる」「労働意欲に不安がある」
とのことです。

1年間かけて探し続けた理想の会社に応募するも不採用。
その後も、数社にチャレンジしましたが、結果は同じ理由ですべてダメでした。
このままでは理想の会社どころか仕事に就くことすら難しいのでは、という
恐怖に襲われ、現在は大幅に制限を解除し、急ピッチで転職活動を行っています。

100%要望を満たしてくれる会社などありません。
環境はある程度 会社が用意してくれますが、その点だけを求めると
本当に大切なことを見失ってしまうことがあります。

重要なのは
「どんな会社に勤めるか」ではなく「どんな仕事をするか」であり
100%の環境を求めるのではなく、いかにして100%の状態に近付ける
よう努力をするか、ということだと思います。

忘れてない? 求人企業を探す前に


IT エンジニアの世界でも、中途採用を積極的に行う企業が増え、以前に比べて転職が容易になっている。その一方で転職した後に、「転職に失敗した」といって人材紹介会社に駆け込むITエンジニアが急増中だ。失敗しないためにできることは何か。パソナキャリアの人材コンサルタントがそんな疑問に答えよう。
■あなたの求人探し、間違っていませんか?

 インターネットを利用した転職活動や情報収集が当たり前になりました。いまではインターネット上に掲載されている多くの求人情報から、いままでの経験、今後の希望など詳細な条件設定をして、条件を絞り込んで求人を探す。数十件のヒットした求人の中から自分の気に入った企業に応募する。一般的なインターネットを利用した転職活動のイメージは、このような感じではないでしょうか。

 しかし、インターネットだけで転職活動をして求人を見つけ、その後面接などを経て転職しても、うまくいくとは限りません。

 今回紹介するのは、インターネットを利用して転職活動を行ったものの、イメージと異なり短期で退職し、弊社に相談にいらっしゃったNさんの例です。

 人と接することができ、成果の手応えを感じることができる職場を求めて転職したはずが……。

 N さんは、初め社員数20人程度のソフトハウスでITエンジニアとして働いていました。顧客視点を大切にして、システムの保守・管理業務を行っていたものの、サービスに対する顧客の反応がなかなか得られず、成果に対する手応えがないことに不満を感じて転職を決意したそうです。

 より人とコミュニケーションを取って業務を進められる環境で、交渉力・プレゼンテーション能力などを身に付けたいという希望がありました。「コミュニケーションを積極的に取れる仕事、交渉力を身に付けられる環境、成果に対する手応え=営業」と考え、営業に的を絞り、転職活動を始めました。その後、インターネットで応募した企業にとんとん拍子で選考が進み、入社を決めたのです。

 しかし、入社したのはいいものの、ITエンジニアと営業では業務の進め方が異なり、仕事に慣れるまでにもかなりの時間を要しました。さらに、成果が結果に出やすいとして魅力を感じたコミッション制ですが、当然のことながら結果が出ないと厳しいという現実を、入社してから理解しました。

 周囲も1年足らずで離職・転職する人が多く、日々の残業時間はITエンジニア時代のピーク時と同じ程度です。それで年収はITエンジニア職のときと比べ、ちょうど残業代がない程度の金額でした。Nさんはそれで離職したのです。
■人材紹介会社に登録して分かったこと

 前回の転職では、インターネットで1人で転職活動を行ったNさんですが、転職の失敗が1人だけで行ったことにあるかもしれないと考え、人材紹介会社に登録することにしたのです。

 キャリアカウンセリングでは、大学卒業時になぜソフトハウスに入社を決めたのか、ソフトハウスではどんな仕事をし、何を考えていたのか、ということなど細かく質問を受けました。

 その中でも、「コミュニケーションを積極的に取れる仕事、交渉力を身に付けられる環境、成果に対する手応え」を求めて転職をしたとNさんは語ってくれました。しかしよくよく話を聞くと、フラストレーションの原因は、違うところにあったのです。

 それは、下請け会社という立場上、直接顧客と接するチャンスが少ないこと、自分を評価する上司が自分の業務をほとんど見ておらず、評価に納得できないことだったのです。

 もともとは、ITエンジニアとして技術を磨き、計画的に物事を進めていくことに対して興味を持っていたため、ユーザーに近い立場でITエンジニアとして活躍できる求人を中心に探すことにして転職活動を行うことにしました。
■キャリアカウンセリング後の転職は

 顧客視点を大切にしてシステムの保守・管理業務を行っていたことが評価され、Nさんは大手のユーザー系システムインテグレータに入社することができました。現在は、プロジェクトリーダー候補として、業務系システム構築のプロジェクトで活躍しています。

 今回のケースでは、そもそも求人検索をするに当たって、キャリアプランや、自分がしたいことなどを考えず、すぐに転職先を探してしまったことが失敗の原因でした。最終的には希望の仕事に転職できたから良かったものの、転職回数が多くなることにより、応募ができなくなる企業も存在します。
■あなたの求人検索は合っていますか?

 転職活動を始める前に、どんな仕事を探せばいいか、まずはキャリアカウンセリングを受けてみるのはいかがでしょうか。

転職リベンジ


就職氷河期に苦労した世代が、自分の本来の希望を転職で叶えようとする。いわゆる『リベンジ転職』である。

Tさん(25歳)も最初は、そんなひとりだった。目指す職種・業界によっては決して楽ではないリベンジ転職だが、Tさんは特定の企業にはこだわらず、「ネット関連企業に転職したい」と希望を述べた。流通のスーパーバイザーだった彼の視野は、広く転職を考えたことで、大きく開けていた。
もっともTさんは、我々の楽観的な話を聞いても、本当に可能性があるのかどうか疑心暗鬼だったようだ。就職の時、Tさんは有名ネット会社でまるで相手にされなかったことをよく覚えていた。

「大学名を言った途端に興味がなくなったように見えました。ああいう会社は、実力主義で出身大学は気にしないと思っていたんですけど、僕の印象ではむしろ逆で、ブランド大好きみたいな感じがしたんですよね」

多くの企業が採用を控えるなか、大量採用をしていたネット業界は、当時学生だったTさんの目にはさぞかし輝いて見えたのだろう。だが、ここ数年の市場の変化は、Tさんの想像を超えていたようだ。かつて鼻であしらわれた企業から熱心な勧誘があり、Tさんは大いに気をよくしていた。そして一通り一次面接を終えたところで、手応えの良かったA社を、「学生時代に入社を熱望していたベンチャー企業と雰囲気がよく似ている」と、第一志望にしたのだった。

二次面接に向かうTさんは、すっかり意気揚々としていた。ある場面を見るまでは…。
A社の面接を待っている時にTさんはA社の採用担当者が礼儀のなっていない学生たちに頭を下げ、お世辞を言い、媚びへつらう姿を見た。そして思った。
「4年前、あれだけ自分たちに厳しく当たったくせに、景気が変わったらこれか」
A社は、4年前にTさんが受けた会社とは別の会社なのだが、彼のなかではほとんど同一視されていたらしい。こんな風に変わってしまう業界は、とても信用ならないという気持ちが彼のなかに芽生えていた。
幻滅は、徐々に復讐心に変わっていったが、彼はその時点では何も語ろうとはしなかった。我々にTさんの心境の変化を知る術はなかったのである。

選考を無難にこなしたTさんは、A社から内定を得た。それを知ったTさんは、嬉しそうな声で「前向きに考えようと思います」「入社の方向で考えています」と言いながら、結論を先送りにし続けた。
そして、いよいよA社が「もう、これ以上は待てない」と言った期限になって、「お断りします。実は最初からあまり乗り気ではなかったんです。ひょっとして気持ちが変わるかもしれないので、念のため結論を延ばしていただけなんです。転職活動はやめて、現職に留まることにします」と、言ってのけたのだった。その後、一度だけTさんが我々に送ってきたメールによれば、気を持たせるやりとりは、自分が学生時代に別のネット事業会社からやられた「仕打ち」なのだそうだ。

それっきりTさんとの連絡は途絶えてしまったので、彼が本当に現職に留まったのか、転職をしたのかはわからない。A社の人たちはTさんの対応に驚き、不快感を示したが、決して激怒したわけではなかった。「変な人を採らなくてよかった」彼らはそう安堵していた。三週間後、A社はTさんに代わる別の人を見つけて採用した。

Tさんの行為は、本当に自分の過去に対する復讐だったのだろうか。仮に復讐だったとしても、A社に唾したTさんの気持ちが晴れたとも思えない我々なのである。

転職アドバイザーと転職活動者のきまずい関係


我々、転職アドバイザーの仕事の中心は面談とマッチング、そして次に多くの時間を割くのが転職活動者とのやりとりである。
選考が佳境に入ってくれば、一週間毎日電話で話したり、一日に何度もメールをやりとりするなど、一時的にせよ、かなり蜜に連絡を取り合うこともある。コミュニケーションの頻度が増せば、自然に感情的な結びつきも強くなる。

臨床開発:Kさん(29歳)と我々は、選考が進んだ二週間、頻繁に連絡を取りあうことになった。
Kさんへの連絡が多くなったのは、3社の選考が同時に進み、それぞれが他社に負けまいと色々な条件を提示してきたためであった。もちろん、待遇だけでなく仕事内容や勤務地も重要な要素。Kさんは慎重に各社の話を比べながら、我々と様々な話をすることになった。

Kさんは初回面談の時、警戒をしていたのか、キャリアのことばかりで、自分のプライベートについては何も語ろうとしなかった。それが二週間のなかで、恋人のこと、両親のこと、自分の趣味のこと、色々な話をしてくれるようになっていた。ビジネスライクだった彼のメールは、いつしか、ユーモアを交えたカジュアルなものに変わり、Kさんが我々との間に親しみを感じてくれているのが見て取れた。

ところが、いよいよ最後の決断という時になって、Kさんの状況が変化した。辞職届を出したところ、現職企業から強い慰留があり、転職を取りやめることにしたらしいのだ。
強い慰留があるのは予想されたこと。我々は早くから「相当強い引き留めがあるだろう」と予告していたが、Kさんは「自分の意志は固い」と繰り返していた。にも関わらず、現職に残ることにしたKさん。内定先や我々への気まずさもあったらしく、事実関係だけを伝える短いメールを最後に、連絡が取れなくなってしまった。

Kさんの気持ちを慮れば、それで終わりにすべきだったのだろう。しかし、我々にはそうできない事情があった。内定を出していたうちの一社が「どうしてもK さんを諦めきれない。どんな条件なら考え直してもらえるか、聞いてみて欲しい」と強い要望を出していたのだ。我々は何度かKさんに連絡を試みたが、明らかに彼は我々を避けており、ついに返信はこなかった。

頻繁にやりとりをしていたのに、パタリと連絡が来なくなる…、これは、しばしばあることで、アドバイザーは誰もが同じような経験をしている。無料でサービスを行っていることもあるのか、アドバイザーに「お世話になっている」と感じ、内定を辞退することに罪悪感を持つ方は少なくない。
「気まずい」と思ってもらえることは、ある意味、信頼してもらえている証しなのだと思う。我々に対し、一片のシンパシーもなければ、心の痛みもなく連絡を取り合える。躊躇してしまうのは、それだけ、人間的な関係が築けていた証拠だ。しかし、そのせいで連絡しにくい相手になってしまうのは我々としては不本意なわけである。

一度、完璧に音信不通になったKさんだが、半年後、再度転職活動を開始することになった。現職の会社が、慰留の時の約束を破ったからだ。もちろん、アドバイザーは以前の経緯など気にしていない。突然連絡がなくなるのはよくあることだし、彼が気まずいと感じた理由も理解できる。
しかし、Kさんは以前のアドバイザーに連絡をせず、あらためて登録しなおす形で我々にアクセスしてきた。いや、まったくの新規登録者を装ったわけではない。Kさんは転職に際し条件を出してきた。

「以前の担当アドバイザーの方に内緒で登録したい」

気持ちはわかるが、よりよい転職の実現を目指す上では、あまり得策ではない。そもそも、新しい担当アドバイザーは、以前の転職の経緯を前担当者から聞く必要がある。新しい担当がつくことでKさんには納得していただいたが、ここまで気に病まれてしまうのは、我々としては逆に申し訳ない。

何でも話してもらえるパートナーでありたい。しかし、同時にビジネスライクに付き合えるエージェントでもありたい。ふたつを両立するのは、なかなか難しいことである。
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